甲府駅周辺の見どころは?|甲府城・信玄の墓・河尻塚・武田神社・甲斐善光寺

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宝物殿の信玄像

甲府駅周辺を主に徒歩でお散歩してみました。甲府駅周辺には、甲府城や武田神社といった観光スポットがありますが、その見どころについて紹介していきたいと思います。

甲府城

甲府駅のすぐ近くには甲府城(舞鶴公園)があります。

甲府と言えば武田信玄のイメージがありますが、この城には信玄と関わりがありません。武田氏が滅亡した後、この地を治めた徳川家康の命によって作られた城だと言われております。

信玄の時代には栄華を誇った武田家ではありますが、息子の勝頼が長篠の戦い(1575年)で織田信長と徳川家康の連合軍に大敗して、衰退していきました。

甲府城

甲府城の中には当時の稲荷櫓(いなりやぐら)を再現した資料館があります。稲荷櫓の役目はいろいろとあったようですが、主に場外の監視用のとして使われていたようです。

甲府城 稲荷櫓

資料館の中では甲府城築城の歴史などをVTRで見ることができます。また、甲府城の当時の模型図もありました。

甲府城の模型図

甲府城の石垣の最上部からは富士山が見えました。

甲府城から見えた富士山

しかし、頂上に建っているお城とはあまり関係なさそうなこの石碑は何なのでしょうか。これは謝恩碑(しゃおんひ)といいます。

ウィキペディアで調べてみると、どうやらこの石碑大正時代に建てられたもののようです。

明治40年の大水害など度重なる水害によって荒廃した山梨県内の山林に対し、明治天皇より山梨県内の御料地の下賜(かし)が行われたことに対する感謝と水害の教訓を後世に伝えるために1922年(大正11年)に建設された碑です。(ウィキペディア)

謝恩碑

武田信玄公のお墓

歩いていくにはやや遠いですが、甲府城から3キロほど北に離れた場所には武田信玄公のお墓があります。

実はこの墓は信玄の死後直後に建てられたものではありません。武田信玄は「3年の間、死を隠すように」と遺言を残しており、埋葬場所も秘密にされていたようです

江戸時代に開墾などの為、この場所を掘っていたら石棺が出てきたといいます。

石棺には「法性院信玄大居士 四月十二日葬」と刻まれていたので、これが武田信玄のものだと考えたそうで、武田家の旧臣たちは、このときに石碑を建てて現在に至っております。

ちなみに武田信玄公のお墓がある場所は、ここ以外にも愛知県の福田寺など諸説あります。

武田信玄公のお墓

石碑はこのようになっております。

武田信玄公のお墓 石碑

河尻塚

武田信玄公のお墓のすぐ近くには河尻塚があります。

ここは織田信長の家臣である河尻秀隆(かわじりひでたか)の屋敷があった場所とか、亡骸が埋まっている場所とか言われているそうです。

秀隆は初期から信長に使えた武将であります。武田氏を滅亡に追い込んだ天目山の戦い(1582年)で活躍し、甲斐国の領主となりましたが、同年に起きた本能寺の変の混乱で武田家旧臣らの襲撃にあって討ち取られてしまいました。

このとき、恨みをかっていた秀隆はさかさに埋められたとも言われております。

河尻塚

武田神社(躑躅ヶ崎館の跡地)

武田信玄公のお墓から1キロほど離れた場所には武田神社があります。武田神社は武田信玄の住んでいた躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の跡地に作られた信玄を祀る神社です。

戦国時代といえば武将は城に住むのが普通でしたが、攻めることが多くても、攻められる心配があまりなかった信玄には城は必要なかったようです。

躑躅ヶ崎館を作ったのは信玄の父である武田信虎ですが、信虎はすぐ近くに敵が攻めてきたら立てこもれるように城も用意していたといいます。その城は信玄によって廃棄されました。

武田神社(躑躅ヶ崎館の跡地)

こちらが武田神社の拝殿(はいでん)となります。

武田神社拝殿

武田信玄が使用していた井戸です。

武田信玄が使用していた井戸

宝物殿にはいろいろな刀や鎧、肖像などが飾られています。

武田神社 宝物殿

宝物殿の中は基本的に撮影禁止となっておりましたが、信玄の像だけは撮っていいということでした。こちらになります。

宝物殿の信玄像

こちらは姫の井戸です。

信玄公の息女誕生の際、産湯に使用された事からこのように名付けられたそうです。別名「茶の湯の井戸」ともいわれており、茶会のときの水としても使用されていたといいます。

信玄御用達の井戸は水が飲めませんが、こちらの水は飲むことができます。定かではないですが、信玄もここの水で作ったお茶を飲んでいたのかなと想像してしまいます。

姫の井戸

姫の井戸の近くには、なぜか鶏小屋がありました。なぜこんなところにあるのか不思議に感じましたが、結局、理由はわかりませんでした。

武田神社の鶏小屋

甲斐善光寺

甲斐善光寺(かいぜんこうじ)は甲府駅から3キロほど離れた場所にあります。このお寺は1558年に武田信玄によって建造されました。

善光寺は長野にも信濃善光寺がありますが、川中島の合戦に際して信濃善光寺の焼失を恐れた武田信玄が本尊善光寺如来をはじめとした善光寺の仏像・仏具を甲斐に移すために建てられてたようです。

甲斐善光寺の門

本殿の中には真っ暗な通路があります。この通路を巡ることを胎内めぐりと呼びますが、以前に清水寺で暗闇の通路を経験したことがあるので慣れていました。ですが、初めての人は一人で入るにはかなり恐怖を感じて、すぐに引き返したくなるかもしれません。

甲斐善光寺

郷土料理「おざら」

夕食は甲府駅近くの店で食べました。

ちよだ

「おざら」という「ほうとう」のつけ麺版?にしてみました。この付近の郷土料理のようで,「ほうとう」はもちろん知っていましたが、「おざら」は実は初めて聞きました。

ほうとうは味噌仕立てですが、こちらは醤油仕立てでした。

おざら

まとめ

甲府駅周辺の観光スポットとその見どころについて紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。

駅のすぐ周辺は、甲府城があって、あとは名物の「ほうとう」を食べるぐらいですが、少し歩けば、武田神社や甲斐善光寺などの観光スポットがあります。歩くのは自身がないというかたでも、バスに乗れば大丈夫です。

首都圏から車で家族旅行できる場所としても人気があるそうです。

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