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国立歴史民俗博物館・歴博の見学レポート!古墳時代の見どころは?

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埴輪女子

千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館(歴博)は歴史学、考古学及び民俗学に関する資料が展示されている、日本で唯一の国立博物館です。

国立歴史民俗博物館は主に次の6つの展示室で構成されていることは、以前の記事で説明いたしました。

  • 第一展示室:先史・古代
  • 第二展示室:中世
  • 第三展示室:近世
  • 第四展示室:民族
  • 第五展示室:近代
  • 第六展示室:現代

国立歴史民俗博物館の館内案内図

以前の記事で弥生時代までの先史についてはレポートしましたので、今回は第一展示室の主に古墳時代の見どころなどについてレポートしていきたいと思います。

古墳時代の見どころは?

古墳時代というのは3世紀から7世紀頃の古墳が大量に造られた時代を指します。この時代、文字は一応使用されていたようですが、書物などで残っているわけではありません。そのため、資料が少なく謎のベールに包まれた時代といえます。

広開土王碑の拓本

広開土王碑(好太王碑)は高句麗の王である広開土王(こうかいどおう)の功績を称えた石碑です。高句麗というのは紀元前1世紀頃から7正規まで現在の北朝鮮から中国東北部を支配していた国のことをいいます。

広開土王は391年に即位し、412年に没しましたが、息子である長寿王(ちょうじゅおう)が414年にこの石碑を建てました。ここにあるのは拓本ですが、本物は中国の吉林省通化市集安市にあります

なぜ中国にある石碑が日本史に関係するのか疑問に思うかも知れませんが、この碑文には倭国のことが記されており、貴重な歴史的資料となっているからです。一例を上げると、

404年、倭が帯方地方に侵入してきたので、これを討って大敗させた。

といった感じです。帯方地方は現在のソウルの北周辺だと考えられており、この時代、倭国(日本)が朝鮮半島に渡って、高句麗と戦闘したことがわかります。

長寿王が父・広開土王の功績を称える碑文であり、多少盛っている部分はあるかと思われますが、この時代の日本史の資料はほとんどないので、この碑文はこのときの日本を知る上での貴重な手がかりとなっております。

広開土王碑の拓本

広開土王碑の拓本

稲荷山古墳の鉄剣の複製

埼玉県にある稲荷山古墳(いなりやまこふん)から出土した鉄剣の複製品で、5世紀のものです。本物は、埼玉県立さきたま史跡の博物館に展示されております。

この鉄剣をX線で調査したことろ、両面に合計115文字の漢字が記されていることが判明して、貴重な歴史的資料となっております。日本でも5世紀には文字が使われていたことがわかり、内容はこのようなことが書かれています。

辛亥年(471年)七月に記す。私の名は乎獲居(おわけ)。(中略:一族の羅列)我が一族は大王の親衛隊長として代々朝廷に仕えてきた。獲加多支鹵大王(わかたけるおおきみ)の寺が斯鬼宮(しきのみや)にあったとき、私は大王を補佐したので、この立派な刀にその由来を書き残すことにした。

獲加多支鹵大王というのは、日本書紀に登場する大泊瀬幼武(おおはつせわかたける)こと雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)だというのが、有力視されております。

古墳に埋葬されていることから乎獲居という人物は埼玉県周辺の豪族だと考えられます。大和朝廷は奈良時代から平安時代にかけて、東北の蝦夷と戦っているのがわかっていますが、471年にはすでに関東まで支配していたことが、鉄剣の文より推測されます。

稲荷山古墳の鉄剣の複製

稲荷山古墳の鉄剣の複製

埴輪

埴輪は古墳の上や周囲に置かれました。古墳時代はとにかく資料が少なくて謎のベールにつつまれていますが、埴輪は当時の生活様式などを知るうえで貴重な資料となっております。

こちらは群馬県にある井出二子山古墳(いでふたごやまこふん)から出土したものですが、「王の居たところ」となっております。それほど大きい建物ではなさそうですが、二階建てとなっております。

この古墳は5世紀後半に作られたものと見られており、王とは言っても地方豪族のことをいいます。

王の居たところ|群馬県

王の居たところ|群馬県

群馬県の綿貫観音山古墳(わたぬきかんのうやまこふん)から出土した女子の埴輪です。6世紀に作成されました。

埴輪女子

埴輪女子

古代の沖ノ島

4世紀から9世紀にかけての沖ノ島(おきのしま)の特設コーナーが設置されております。

沖ノ島というと千葉県館山市にもありますが、こちらは島根県にある沖ノ島です。島根県には同じ読み方の隠岐の島もあるので、間違えないようにしてください。ちなみに後醍醐天皇が島流しにされたのは隠岐の島のほうです。

沖ノ島は小さな島で世界遺産にも指定されているのですが、一般人は島に入ることはできません。古代から今も神聖な祭祀の場所となっていて、謎のベールに包まれております。

古代の沖ノ島

沖ノ島の祭場で、土器や銅鏡が発見されたときの再現模型などが展示されております。

古代の隠岐の島

古代の隠岐の島

まとめ

国立歴史民俗博物館(歴博)の第一展示室の古墳時代についての見どころについてレポートしてきましたが、いかがでしたでしょうか。

稲荷山古墳の鉄剣からもわかるように、この時代は一応、文字はあったようですが、紙の資料はほとんどありません。そのため時代を紐解く手がかりは、中国や朝鮮半島の古文書や埴輪などの出土品に頼るしかなく、非常に難解な時代だといえます。

国立歴史民俗博物館はこのほかにも中世と近世の展示室などがあります。歴史が好きな方、歴史を学びたい方、または子供に歴史の興味を持ってもらいたい方など、ぜひ一度行ってみてください。

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